帰国者の証:吉村美咲さん

来週帰国する予定の吉村美咲さんと「帰国者ワークブック」をやりました。

彼女はカリフォルニアに住んでいながら、アメリカ人との接点の中でクリスチャンになったバリバリ、帰国者クリスチャン to beです。w。

帰国者ワークブックをやる中で、自分の「証・信仰の体験談」を書いてもらうことになっているのですが、本人の許可を得て、こちらに掲載させていただきます。

関西の皆様、美咲ちゃんをよろしくお願いします~!(JCFN北米スタッフ:尾関祐子)

「信仰の体験談」

吉村美咲

クリスチャンになる前の私は、すごく頑固で、自分の学校の成績のことばっかり考えてとても自分勝手でした。いつも一人で生きて行けるし、自分が合わない人は、簡単に人間関係を切っていました。人を赦すことなんて考えたこともほぼなく、自分を傷つけてきた人は自分以外に責任があると見なし、赦せませんでした。気が短かった私はすぐ人と口喧嘩になり、人から怖がられる存在でした。

そんな私が英語を学びたいのと日本から離れたい一心で、2015年に親の反対を最後まで押し切って渡米しました。18歳の私はこれからどのようなことが体験がアメリカで出来るか楽しみで仕方がありませんでした。学校も順調に良い成績を収め、2セメスター目に差し掛かったとき、いきなり体調を崩しました。咳が止まらなくなったり、首の周りにしこりを見つけたり、一般の人なら速やかに病院に行かないといけないと判断できる様な症状を、私は学校優先にして、見過ごしていました。そのセメスターの終わり頃、症状が余りにも悪化し、遂に病院に行くことに決めました。そして、学校の保健室から、緊急治療室に運ばれ、その日の検査の結果ステージ3の悪性リンパ腫がほぼ体、全身に広まっていることがわかりました。ただ単にショックで、孤独でどうしたら良いかわかりませんでした。その頃いたルームメートともうまく行ってなかった私は、一人でどうしたら良いかわかりませんでした。そのような状況にいても、私は「学校どうしよう」や「親になんて伝えよう、学校終わらせれなかったら怒られかな、ガッガリするかな?」というようなことしか考えれず、その日に集中治療室に入院しました。その後の治療は、とても言葉に表せれないほど残酷で辛いものでした。体重も減少するばかりで、髪の毛もなくなりました。

そんな中。病院が主催した、年に一回のプロムで、友達ができました。その友達は、美容師としてボランティアしていて、日本の映画が好きだった彼女と私はすぐに意気投合し、友達になりました。その友達が、感謝祭の日に家族のディナーに招待してくれました。その家族は、みんなクリスチャンでとても信仰深い家族でした。その家族と仲良くなり、頻繁に会ううちに、私のことを家族みたいに扱ってもらえるまで、仲良くなりました。その次の年の2月、私は移植手術をすることが決まり、とてもその手術をすることに、怯えていました。そうするとある日、手術の前日に病院にお見舞いにきていた、友達の祖父母が

ローマへの手紙8章28節をシェアしてくれました。(8:28 神を愛する人々、すなわち、神のご計画に従って召された人々のためには、神がすべてのことを働かせて益としてくださることを、私たちは知っています)そしてキリスト教に信仰している人は、みんなこれに従っているんだという話を聞き、「私もその一人になりたい」って思い、クリスチャンになるって決めました。

その後は病院でOur Daily Breadを読み始め、退院するまでお祈りすることのすごさ、大切さを学んだりしました。退院して、教会に通い始め、人と交わりを深めるうちに、私にも変化が見られました。それは、人間関係の大切さを覚えたり、箴言3章5節にあるように、心を尽くして主に信頼せよ、自分の知識に頼ってはならない、イエス様に聞くことの大切さを学び、人を赦すことを学びました。それ以上に、クリスチャンの人からの愛は、神様が私たち罪人を愛したように、無条件の愛だということを感じることが日々でき、その人たちが私への神様の例になり、日々学べていることの素晴らしさを感じれる、満ちた人生を送れるようになりました。

 

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