WIT証:His Family

舩津 由佳(WIT18 MWP受賞者。シアトル在住)

WIT18、21人の様々なミニストリーに関わっている神の家族が集まり、3日間、「福音者として生きる」というテーマのもと、セッションやアクティビティを通して考え、話し合いました。私もこの3日間の中で沢山のことを語られ、とても恵まれた時をもつことができました。

私がアメリカに来たのは2年前、シアトルに留学生としてやってきました。日本にいる私の家族は皆クリスチャンで、幼い頃から教会に通っていましたが、心はいつも神様から離れていて、罪の中を歩んでいました。そんな中、留学して1年たった頃、色々な問題に直面し、それまでの自分というものが全て崩れ、初めて 神様を求めたことをきっかけに神様のもとに立ち返りました。現在は、シアトルにあるJ×Jというミニストリーで奉仕をしています。

私は今回、WITに参加し、「神の家族」という恵みと大きさと喜びを知りました。

「あなたがたは、自分の体がキリストの体の一部だとは知らないのか」(第一コリント6:15)

神の家族である私たちは、もはや、ただの人間同士の関係ではないという確信。

「わたしが主であることを知る心を彼らに与える。彼らはわたしの民となり、私は彼らの神となる。」

(エレミヤ書24:7)

私たち神の家族はみんな、神様から、神様を受け入れる心を与えていただき、もはや私たちが神様を受け入れたのではないこと、初めから神様の大きな恵みの中にいたという喜び。そして、

「わたしは主、あなたの神… 奴隷の家から導き出した神である。」(出エジプト記20:2)

もし私が神様から突き放されていたら、神様を、人を、愛し大切に想う感情は私の中に無かったと思います。愛せること、愛されることは、神様が私たちを創造し、愛してくださっている証で、それは神様を見ることが出来ない罪人である私への明らかな神様からのプレゼントだと確信することができます。

「…愛は神から出るもので、愛する者は皆、神から生まれ、神を知っているからです 」(ヨハネの手紙一4:7)。

私たちは神様の愛から生まれた者だから、神様が私に与えてくださった目的によって神様の愛の中でこの世を歩むことができるように守ってくださいと祈ることが出来る恵みをいただきました。私は何も出来ない、意味は無いと思うのは、この世にそう見させられているだけ、この世で私の意味を見つけようと無意識のうちにしているから。神様によって見出さない限り、見つからない。

「あなたの御計らいは わたしにとっていかに貴いことか。神よ、いかにそれは数多いことか」(詩編139:17)

また、まだ神様を知らない人との関係のなかで、神様に祈り、聖霊様にはたらいていただく。私と相手だけの関係ではなく、自分と神様と相手の人、その三角関係をつくっていただく事ができる。その関係を神様に委ねることから「福音者として生きる」ことが出来ると知りました。その関係の中で傷ついたり、傷つけてしまうことがあっても神様に癒していただく、恐れずに。

今回のWITで同じ目的をもった兄弟姉妹が集まり、またそれぞれ遣わされている場所に戻ってしまいましたが、神様を見上げ、神様の愛で繋がれている私たちは一つの体であること、

「一つの部分が苦しめば、すべての部分が共に苦しみ、一つの部分が尊ばれれば、すべての部分が共に喜ぶのです”」(第一コリント12:26)

もはや信仰は個人のものではないこと。喜びの中にある時も、弱さの中にある時も、神様に頼り、兄弟姉妹と共に歩めること、どれだけの恵みで喜びでしょうか。私は今、喜びの中にあります。

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