レクツィオ・ディヴィナ

 

「すべて疲れた人、重荷を負っている人はわたしのところに来なさい。わたしがあなたがたを休ませてあげます。わたしは心が柔和でへりくだっているから、あなたがたもわたしのくびきを負って、わたしから学びなさい。そうすればたましいに安らぎを得ます。わたしのくびきは負いやすく、わたしの荷は軽いからです。」(マタイ11:28−30)

中村佐知 
(キリスト教書籍翻訳者、スピリチュアル・ディレクター、JCFN理事)

そろそろ夏も終わりですね。みなさんの今年の夏はいかがでしたか? 
日本では連日の酷暑で、夏休みを楽しむどころではなかったかもしれないですね。アメリカでは、カリフォルニアの山火事が大変なことになっています。みなさんが安全にこの夏を過ごすことができたことを願います。

今日は、「レクツィオ・ディヴィナ」と呼ばれる、みことばに聴きつつ祈る(あるいは、祈りつつみことばを読む)方法をご紹介したいと思います。すでに実践している方もおられるかもしれませんし、初めての方もおられるかもしれません。

夏も終わりを迎えるにあたり、新学期、新年度に向かって心を静め、今一度、上記のみことばに耳を傾けたいと思いました。これを読みながら、もし心に神様からの何らかの招きを感じられましたら、ぜひ一緒に試してみてください。

まず、姿勢を楽にして、数回、ゆっくりと深呼吸をしてみてください。深呼吸をするときは、特に十分息を吐くよう意識してみてください。深呼吸をしつつ、私たちのいのちを支える呼吸、血流を通して全身に酸素を行きわたせてくれるこの呼吸は、私たちのうちに住まわれる聖霊の象徴でもあることを思い出してください。聖霊は、私たちがみことばに向かうとき、そのみことばを、また私たちの内なる思いを、ご自身の光によって照らしてくださいます。そして、今日、私たちに必要なことを、みことばを通して語ってくださいます。

姿勢を楽にして呼吸を整え、心を静めてみてください。いろいろなことが頭を巡り、なかなか落ち着かないかもしれません。落ち着くまでに数分かかるかもしれません。どうしてもしなくてはいけないことが思い出されたら、紙に書き留め、いったん脇に置いてください。

 

しもべは聴きます。主よ、お語りください。

 

心が静まってきたでしょうか。それでは、上記のみことばをゆっくりと数回読んでみてください。言葉ひとつひとつ、文節ひとつひとつに注意を払いながら、ゆっくりと味わいながら読んでみてください。声に出して読んでもいいかもしれません。このみことばの中で、どの言葉、またはフレーズが特に心に留まりましたか? まるで飛び出す絵本のように、目の前に飛び出してきたかのように感じられた言葉やフレーズはありましたか?

次に、心に留まった(引っかかった、惹かれた)言葉またはフレーズに、ゆっくりと思いを巡らせてみてください。牛が草を反芻するように、キャンディを味わうかのように、その言葉をゆっくりと繰り返しつつ味わってみてください。その言葉から、何か湧いてくるイメージや情景はありますか? その言葉を通して、神様から何か語りかけを感じますか? どんな招きを感じますか? 無理にこじつけたり、論理的に考える必要はありません。聖霊のリードに委ねるつもりで、ゆっくりと黙想しましょう。

次に、黙想の中で語られたこと、示されたこと、与えられたイメージなどについて、祈りで応答しましょう。感謝かもしれません。賛美かもしれません。嘆願かもしれません。自由に応答しましょう。あまり多くの祈りの言葉がでなければ、それでもかまいません。

そして、主の前に再び静まります。もはや何かを語ろうとか聴こうとするのでなく、ただ主の御臨在の中に、私たちを包んでくださる主の御腕に、自分を預けるつもりで憩います。神さまからの招きを受け入れ、今、自分は神さまの御臨在の中にいるということを、ただ楽しんでみてください。

主の愛が、いつくしみが、平安が、今日も私たちを支えてくださいますように。

 

(参照:レクツィオ・ディヴィナ )

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