イエスの御名で(ヘンリ・ナウエン)その1

中村佐知(キリスト教書翻訳者、JCFN理事、スピリチュアル・ディレクター)

 

今月から3回にわたり、ヘンリ・ナウエンの『イエスの御名でーー聖書的リーダーシップを求めて』からお分かちしていきたいと思います。

ヘンリ・ナウエンは数多くの著作のあるオランダ出身のカトリック司祭です。イェール大学やハーバード大学で実践神学の教授も務めていました。しかしハーバードに就任してから2年後、大学の競争的で野心的な空気に馴染めなかったナウエンは教授職を退きました。そしてカナダに渡り、トロントにあるラルシュ共同体という知的ハンディをもつ人々のためのグループ・ホームの司祭となり、そこの人々と共に生きる道を選びました。

ナウエンはイェール、ハーバード時代、非常に名の知られた人気のある教授でした。しかしラルシュ共同体の人々にとって、ナウエンは有名人でもなんでもありません。ナウエンはそこで、彼がどういう肩書きや業績を持った人なのかをまったく知らず、気にもとめない人たちの中で暮らし始めたのです。その中で彼が示されたことを元に、これからのクリスチャンのリーダーシップについて思索した本が『イエスの御名で–−聖書的リーダーシップを求めて』です。

この本は、次のような三部構成になっています。

[I]能力を示すことから、祈りへ
  誘惑―自分の能力を示すこと
  問い―「あなたはわたしを愛するか」
  訓練―観想的な祈りの恵み

[II]人気を求めることから、仕えることへ
  誘惑―人の歓心を買うこと
  務め―「わたしの羊を飼いなさい」
  訓練―告白と赦しの回復

[III]導くことから、導かれることへ 
  誘惑―権力を求めること
  チャレンジ―「ほかの人があなたを連れていく」
  訓練―神学的思索への希望

第一部「能力を示すことから、祈りへ 」では、聖書的リーダーシップとは、自分の業績や能力を示し、それを提供することによるリーダーシップではなく、ただ神に愛され、選ばれ、贖われた者として、神の愛のもとに、自分の強さではなく弱さを差し出していくことだとナウエンは言います。

そして、そのようなリーダーシップのための訓練は、「観想的な祈り」だと言います。ナウエンは、mystic(神秘主義者)にならねばならない、という表現を使っています。観想的な祈りとは、私たちの願いごとを主の前に持っていくような祈りではなく、主のご臨在の中で安らぐような祈りです。多くのことばを必要とせず、ただ主の愛を味わうような祈りです。観想的な祈りは、「あなたはわたしを愛するか?」と問われる神の愛の中に、私たちを絶えず留め、そこに根付かせます。私たちが神の御臨在の中に留まることを可能にします。

 

『クリスチャンのリーダーは、ただ道徳的で、よく訓練され、人々を助け、この時代の逼迫した問題に創造的に応答できる、というだけでは十分ではありません。それらのことも非常に価値があり大切ですが、それがクリスチャンのリーダーシップの中核ではありません。ここで要となる問いは、「将来のリーダーたちは、真に神の人であり、神の御声を聞き、神の麗しさを仰ぎ見、人となられた神のことばに触れ、神の尽きることない善を味わうために、神の御臨在の中に留まることを熱烈に求める人であるか」ということです。』

 

ナウエンは、そのためには観想的な祈りが不可欠であると言うのです。「神学(’theology’)」という言葉は、もともと、「祈りにおける神との一体(’union with God in prayer’)」を意味していたそうです。

ナウエンはさらに言います。私たちは神学の神秘的な側面を取り戻し、クリスチャンのリーダーが語る言葉、与えるアドバイス、開発する戦略が、神を、受肉した「ことば」であるイエスを、親密に知っている心から出てくるものであるようにしなければならない、と。

みなさんにも覚えがないでしょうか。何か相談を受けたとき、つい、自分の知識や経験から何かを言おうとしてしまうことが。それは、自分の知識や経験は、この状況に関係があると誇示したくなる誘惑です。しかし、本当に祈りをもって神様に聴くならば、神様の御霊は柔軟に、深遠に、そのときそのときの状況に即した知恵と言葉を与えてくださるのでしょう。主が与えてくださるものは、単なるノウハウではありません。リーダーとしての経験が長くなると、つい自分がすでに持っているものから答えを引き出そうとしてしまうかもしれませんが、その都度、いのちの源であるお方に聴くこと… そのとき、自分でも予想もしていなかったことが示され、自分が助けようとしている人の心や状況にも、思いがけない形で触れることができるのかもしれません。それは、公式ではないのです。ただ、主のなさること。主の御霊が導いてくださることです。

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