帰国者を理解するために(6) どう接すればいいの?ー「帰国者は宇宙人

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はじめに

1. 帰国者ってどんな人?

2. どう接すればいいの?ー「帰国者は宇宙人?」その1

3. どう接すればいいの?ー「帰国者は宇宙人?」その2

4. どう接すればいいの?ー「帰国者は宇宙人?」その3

5. どう接すればいいの?ー「帰国者は宇宙人?」その4

 

3. どう接すればいいの? – 「帰国者は宇宙人?」その5

働き人のつぶやき:帰国者は「変人」か?

欧米社会は基本的に個人主義ですので、個人の尊厳を尊重することが社会の根底にあ ります。例えば、欧州では障害者との共生が上手にできており、未信者の日本人がその ようなところからキリスト教に興味を持つケースもあります。日本人伝道しようと思う現地クリスチャンはなおさら、キリストの愛に溢れている人 が多く、その人をあるがままに受け入れ、理解しようとし、 助け、仕え、キリストの福 音とともに、生き方をもってキリストの愛を伝えてくれます。「こんな人になりたい」 との動機から求道する日本人も少なくありません。

日本を出て、言葉や文化の違いを越えてでも何かを手に入れたいと願い、それを実行 する日本人は、そこからして海外経験のない日本人から見れば「変わった人」かもしれ ません。(企業で海外赴任の場合は会社の都合で行かされるので、また違うでしょうが。) その「変人」が、このように恵まれた環境で変人ぶりを「助長されて」帰ってくるのだから、こりゃまた大変、なのでしょうか。そのようにとらえることによって、帰国者を理解しやすくなった、接しやすくなった、受け入れやすくなったという人がいるかもしれませんので否定はしませんが、帰国者に直接接している私たちとしては、もう少し違う切り口を考えます。

自分の意志で海外に行く人は「変わっている」としましょう。しかし、一口に「変わっている」と言っても、キャリアアップのために留学した人から、自分探しのためにワー キングホリデーに行った人、人生をリセットするために海外に出た人、心の病を抱え日 本を出ることに突破口を求めた人、偽装結婚をしてまでも海外に住むのが夢だった人まで、実にさまざまです。そして、海外経験がない人は全然「変わっていない」のでしょうか?個人的な観察では、日本から一歩も出たことがないという人でも、どう努力しても理解に苦しむ「変わった」人も居ます。海外経験のあるなしにかかわらず、どこに身を置いても「変人」といったレッテルを貼られる人はいます。

どうしたら帰国者が教会に定着できるのか、また教会が帰国者をより理解し、効果的 に助けることができるのか、という課題に取り組んでいる私たちからすると、一般的に 日本人は「同質(つまり、自分たちと同じような考え方や立場の人たち)」のものを好 む傾向があり、日本の教会にもそれがそのまま当てはまると思えることがあります。そして、それが新しく来られる方々にとっての壁となってしまっているように見受けられ ることがあるのです。

誤解しないでください。「もっと海外の教会のようになればいいのに」といった単純な 思いではありません。海外の教会には海外の教会の課題があります。日本の教会をよく 知っているイギリス人クリスチャンは、「イギリスの教会は日本の教会に学ばなければ ならない。聖日礼拝の後の愛餐会に象徴されるような、一緒に何かをやるということが もっとあってもいいのではないか」と言います。イギリス人未信者が日本に住んで、日本の教会で救われるということも起こっています。また、あるアメリカ人クリスチャン は、自国のクリスチャンが教会を商品化し、自分の必要を満たすためだけに教会を選び、 その満たしを得ることができないと教会を安易に変わる傾向が強いことを指摘し、教会員制度をしっかり意識し、什一献金をしっかりささげ、一つの教会に長く仕える日本人クリスチャンのあり方をとても高く評価しています。

それぞれの文化には、それにふさ わしいキリスト教の表現があり、教会の在り方があります。ただ、一般的な傾向として、 日本の教会は帰国者に限らず、新しく来る人に対して効果的にアプローチすることに チャレンジを感じているところが多いように思えます。それはよそ者(新来会者)に対 して自分たちのようになることを無意識の内に願う、日本人気質のせいなのかもしれま せん。しかし、自分たちと違う人をどう理解し受け入れるか、どうクリスチャンとして の成長を助けるかを学ぶことは、まさにパウロが 1 コリント 9 章 19 - 23 節で言って いるように、さらに多くの人をキリストのために獲得していく大きなステップとなるの ではないでしょうか。「帰国者を理解し受け入れる」ことは、日本の教会にとってはチャレンジかもしれません。しかし、だからこそ、帰国者を教会に迎えることは日本の教会の祝福になると私たちは信じているのです。「帰国者」という人を教会に迎え、キリストの体の一部として 愛する経験をし、自分たちと違う経験をした人が仲間になる過程を通じて、教会は自分 たちと異質な人を受け入れる基盤ができるのではないでしょうか。もちろんそれは「帰 国者」でなくても、「茶髪にピアスやタトゥーをしていて自分たちと違う言葉を話す若者」であってもいいでしょう。「教会の外にいる人」に優しい教会になる。普段は教会に行 かない人が初めて教会に来て「また来よう」と思える教会になる。これが実現されていくときに、よく耳にする「日本のキリスト教界の持つ閉塞感」に突破口が与えられるの ではないでしょうか。主イエスが願っておられる、キリストの御身体なる教会として、 日本の社会にキリストの光を放つのではないでしょうか。私たちもそのために日本の教 会と共に仕えていきたいと心から願っています。

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